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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(あ)287号 決定

本籍

東京都足立区千住仲町四五番地の一

住居

川崎市多摩区登戸三三五五番地

医師

鈴木幸二

大正一四年三月一七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五九年二月一日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人葛西宏安の上告趣意は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 藤﨑萬里 裁判官 和田誠一 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一)

○ 上告趣意書

所得税法違反

被告人 鈴木幸二

右の者に対する頭書被告事件の上告趣意は左記のとおりである。

昭和五九年四月二〇日

弁護人弁護士 葛西宏安

最高裁判所 御中

原判決は刑の量定が著しく不当であるから破棄しなければ著しく正義に反すると思料される。

第一 被告人自身が本件査察調査に対し非常に協力し犯罪事実の解明を積極的に行なつたことが量刑において酌量されていないことについて。

本件は昭和五七年一〇月一日家宅捜索差押で査察調査が開始し、昭和五八年二月一日に被告人と被告人の妻が告発され三月五日被告人のみが公判請求されている。

そして本件は三年間にわたるほ脱税額約一億五〇〇〇万円にのぼる事件である。このような事件が前記のように短期間のうちに調査、捜査が終了し起訴されたのは本件調査等に対する被告人の積極的な事実の解明についての努力があつたからである。このことは所得税、法人税のほ脱事件の具体的裁判の多くの例について比較検討すれば容易に認めうるところである。

平均的脱税事案の場合、半年以上一年足らずの査察調査期間を要し調査期間に日時を要するところから公訴時効のため起訴の時点から見てそれ以前の三年間分は起訴出来ず二年分の起訴にとどまるのが殆んどである。しかるに本件の場合僅か四ケ月で調査が終了している。

右のように短期間で終了しているのは被告人が自から多額の費用をかけて税理士を依頼し調査に協力したからである。本件証拠も被告人の右のごとき協力により作成された調査書が多く使用されている。

単に、被告人の経営する病院の木田事務長が作成した、収入除外額を記載したノートが差押えられたために調査が早く終了したといつた簡単なものではない。

被告人は、自からの犯罪事実の解明に自から努力した結果この程度の規模の通常の事案では殆んどあり得ない三年前の分についても捜査が終了し、起訴されたのであるが本件公訴事実によつても明らかなように三年前である昭和五四年分がほ脱税額約六〇〇〇万円であり起訴された三期分を通じ最も大きいものである。

この分について起訴があつたため、本件のほ脱額の合計が一億五〇〇〇万円という比較的大きい額となつたものである。

被告人が通常の被告人のごとく受動的に調査、捜査を受けるのみであつたならば本件の場合公訴時効の期間内では三年前の分までは到底捜査が終しなかつたものと考えられる。この点について他の所得税、法人税のほ脱事件と対比し被告人が自からの強い反省の念からの調査捜査に対する協力が、被告人をして調査捜査に協力しない場合より不利に落し入れたことにならないよう配慮されるべきものと考える。しかるに原審は、被告人の積極的協力のない場合と同様の刑の量定を行なつている。

第二、被告人の脱税額についての認識より、はるか多額の脱税が、同人の妻によって行なわれ、脱税により取得した金員も殆んど妻が費消していることについて。

本件について特異な点として国税局の調査の結果被告人の他に妻が共犯者として検察庁に告発されているが、この事実からも、本件については妻の責任が重大であり相対的に被告人の責任が軽いことが理解できる。通常この種の事件で、本人の他にその使用人或いは補助者的な立場の者が告発されることは例外的なことであり、若し右のごとき立場の者が告発された場合には、その者の行為の違法性が非常に強いものと考えられる。

本件において、妻が告発されたことは同人の違法性の強さを示すものであり、証拠上明らかなごとく、むしろ主体性をもって妻が脱税行為を行なっていたのである。

被告人が大学の医局等への「つけ届け」の金を裏金として作るように妻に対し指示したが、妻の行なつた裏金作りは被告人の指示した金額の十数倍という程度に達し、その脱税行為により作つた裏金の殆んどを妻が商品相場、海外旅行等に費消している。

被告人は事業主として、使用人である妻に対する監督責任もあり、妻の行なつた脱税行為の全てについて責任を負わなければならないが、量刑に際しては右事情も酌量されるべきものと考えられる。

以上のごとき、量刑について酌量されるべき事情があるにもかかわらず、第一審では懲役一年六月と五〇〇〇万円の罰金の求刑があつたが、罰金については右求刑額は、ほ脱税額約一億五〇〇〇万円の三分の一であり機械的に一般的求刑基準にあてはめたもので何等前記事情の酌量されていない求刑である。

これに対して判決は懲役刑については執行猶予を付したものの罰金については、これまた罰金五〇〇〇万円の求刑に対し、四〇〇〇万円を量刑し求刑の八割となつておりこれも一般的な情状酌量の範囲内の量刑であつて本件のごとき前記特別の事情のある場合の量刑としては重きに失すると思われる。

右第一審の判決につき前記同様の趣旨で控訴したが多額の自費を使用し、税理士を依頼し調査に積極的に協力した点についてなお明らかにすべく申請した証人(右税理士)の申請さえ却下し控訴を棄却した。

本件の場合、犯罪事実については争いのない事件で被告人は全てを認めているのであるが、量刑についてはなお、他の同種事件の量刑と比較し衡平な判決が下されるべきものと考える。本件の場合自からの反省による犯罪事実解明のための調査への積極的協力が自己に対し不利益な結果を来たし不当な刑の量定となり著しく正義に反すると思われるので原判決を破棄し、他との衡平を保つべき判決を下されるよう上告する次第である。

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